「無畏施」
仏教には、さまざまな布施が説かれています。
布施というと、仏教寺院や僧侶にお金や物を渡すことだと思われている方も多いかもしれません。もちろん、それも布施の一つですが、布施はお金や物を渡すことだけではありません。座席を譲ったり、優しい言葉をかけたりすることも、すべて布施の形です。
布施の一つに、「無畏施(むいせ)」というものがあります。「畏」とは、怖れのことを指します。無畏施とは、相手の怖れや不安を和らげ、安心を与えることです。
私たちは日々、さまざまな怖れや不安を抱きながら生きています。その中でも、とりわけ大きなものの一つが「死」への怖れではないでしょうか。
宮沢賢治さんの『雨ニモマケズ』には、次のような一節があります。
「南に死にそうな人あれば行って怖がらなくても良いと言い」
この一節に示されている姿勢は、無畏施のあり方が端的に表されているように思われます。
もっとも、ただ言葉をかけるだけで、人の不安がすぐに消えるわけではありません。言葉そのものだけでなく、語りかける人の表情や佇まい、雰囲気もまた、大切なのではないでしょうか。
無畏施の象徴として、観音様がおられます。
柔らかな表情で、いつも静かに微笑んでおられる観音様。そのお姿があるからこそ、「怖がらなくてもよい」という言葉も、相手の心に届くのかもしれません。
三月には、春のお彼岸を迎えます。
ご先祖さまをご供養するとともに、身近な人の不安にそっと寄り添う無畏施の実践にも、心を向けていきたいものです。

