「自灯明法灯明」
2月15日は、お釈迦さまの命日である涅槃の日です。
お釈迦さまの弟子に、アーナンダという人がいました。とても真面目な性格で、お釈迦さまの付き人をしていました。そのため、お釈迦さまが話したことを、誰よりもしっかりと聞いていたと伝えられています。
誰よりもお釈迦さまを慕い、誰よりもお釈迦さまの教えを頼りにしていたアーナンダ。
その分、お釈迦さまが亡くなられる際には、人一倍大きな衝撃を受けました。
お釈迦さまの最期の様子を描いたものに、「涅槃図」があります。多くの人々や動物たちが集まり、お釈迦さまの死を悲しむ様子が描かれています。
この中でアーナンダは、悲しみのあまり気を失って倒れている姿で表されています。
お釈迦さまが亡くなられる前、アーナンダは
「お釈迦さまが亡くなられてしまったら、私は何をよりどころにすればよいのでしょうか」
と問いかけました。
そこでお釈迦さまが答えられたのが、「自灯明法灯明」という言葉です。
自分自身を灯火とし、お釈迦さまが説かれた教え(法)を灯火としなさい、という意味です。
ここで灯火とすべき「自分」とは、自己中心的な感情や損得勘定ではありません。
お釈迦さまの教えを十分に受け取った「自分」のことを指しています。
そして、ともすれば感情に流れてしまう私たち自身を、お釈迦さまの教えによって照らし、見つめ直していくのです。
アーナンダがお釈迦さまと別れなければならなかったように、私たちは誰もが、大切な人との別れを経験します。
しかし、大切な人がいなくなったあと、それですべてが終わるわけではありません。
その人の言葉や教えは、私たちの中で灯り続けます。
自灯明法灯明。
お釈迦さまは、別れの中で生きる道を示されたのです。

