「随喜」
法要などに参加することを「随喜(ずいき)」と言います。先月(4月)には、副住職は永平寺の「授戒会(じゅかいえ)」という1週間にわたる法要に参加しましたが、これも随喜です。大安寺では7月4日に施餓鬼会(施食会)という法要を行い、近隣のお寺のご住職様方にも御加担いただきますが、法要が終了した後には「御随喜ありがとうございました」とお礼を申し上げるのが慣わしになっています。
ただ、この随喜という言葉は、単に参加するという意味ではないのです。
いくつか意味があるのですが、その内の一つは、善き行いを見て喜ぶことです。
今、世の中には悲しいニュースが広がっていますが、一方で、善い行いに身を投じられている方もたくさんおられます。
ただ、善き行いに触れた時、なかなか自分にはできないと、卑屈になってしまうこともあるかもしれません。
自分にはできないことだからと悲観するのではなく、素晴らしい行いの場にいられた喜びを感じる。
それが随喜ということです。
善き行いができなくとも、他の人の良きことを喜ぶ。
それがいつしか、自分自身の善き行いにつながっていくのだと思います。

